踊る髭の冒険

30歳を目前に仕事をやめて旅に出たナッカーサーが世界中放浪した果てにイギリスの大学院に留学するのかどうか、という毎日を綴るブログ。可能性迷子の毎日をお届けします。

続 きょう、飛行機に乗れませんでした。

12月28日、29日

もうほんと、こんなタイトル書きたくねえよ(°_°) 呪われてんのか?って思うくらいや…


昼頃に宿を出発してカンクンの空港へ。
そこから2時間くらいのフライトでアメリカ、ヒューストンへ飛んだ。

トランジットの時間は2時間ほどあったので、まあ余裕だろうと思っていた。



が。



なんとイミグレーションオフィサーが数人しかおらず、なかなか列が進まない。
だいたいなんでトランジットなのに1度アメリカに出国しないといけないのか?
疑問におもいながら列に並ぶも、奴らの仕事っぷりも遅くほんまに進まない。

時間がどんどん過ぎて雲行きが怪しくなってきた。何人かのイミグオフィサーなんて「あー、もうダメ。もうストップ」とかって仕事を止め始める始末。
いやいや、仕事しろよ(°_°)あほか。


そんなこんなでなんとかイミグレを抜けて、猛ダッシュで走ったものの、なんと待ち受けていたのはセキュリティチェックの長蛇の列。。。。






オワタ(^ω^)


僕は半分この時悟った。
飛行機、のれないんじゃね?と。



そしてもう、ものすごいストレスと残念な気持ちに苛まれた。飛行機を目の前逃すという精神的ショック。ほんまこれはきつい。またお金が…いやでもこれは俺のせいちゃうやろー!と奮い立つも、ほんまに気持ちが浮ついてしまう。

周りにも何人も飛行機を逃しそうな人がいて皆焦っているのだが、セキュリティチェックの方々は一向に1列以上の列を作ろうとしない。人手は明らかにあるのに、だ。

そのうち列に並ぶ人々から声が上がり出した。

「おい!もう1列つくれよ!このままだと何人、飛行機を逃すと思ってんだ!」
「そうだ!お前らのせいだぞ!」

だが、セキュリティ側は全く聞き入れない。僕は信じられなかった。ほんま、どんな理由があって動かないんだろう。もちろんそんな説明もない。

日本、いや他の国でも遅れそうな人がいたら優先的に通してあげているのを何度も見たことがあるが、ここヒューストンではそんなこと全くしないらしい。

「お前らがアメリカの最悪の汚点だ!」

なんて罵声が飛び交うも、全く状況は変わらない。

隣にいたおっちゃんが「お、お前ブエノスアイレスにいくのか!いいなー、俺5回くらいいったよ!すげーいいとこだよ!」とか言ってるのだけどほんともう僕にはどうでもよかった。
とりあえず飛行機に乗せてくれ。


刻一刻と時間は進み、僕の飛行機が飛び立つ時間がやってきた。

死んだ。


僕はもうなんか半分震えてた。
ポジティブ思考な方だけど、もうこの時ばっかりは呪われてるんじゃないかとか思った。萎えた。

ほんまもうこのまま日本帰ろうかな…と思ってしまうくらい、僕は萎えていた。疲労感もやばい。


とりあえず、クソみたいなアメリカのセキュリティチェックを通り、
一縷の望みをかけて僕はゲートへ猛ダッシュした。

あんなに猛ダッシュしたことって未だかつてない。ちらっとみた案内には、僕の飛行機はまだ「Final calling」と表示されていた!のれるかもしれない!

鬼の形相で走った。
もう、殺す!みんなコロス!くらいの気迫で走った。

ゲートにはお姉さんが一人いた。
僕はチケットを見せて、待って待って!乗るから!乗るから!と息も絶え絶えに言った。

「あなた、どこにいたの?みんな待ってたのよ?」とお姉さんの対応は冷ややかだった。

もうほんま、なんでやねんと。
俺が何を悪いことしたっつーねん、自分とこの会社のウェブサイトで検索してでてきたトランジットやろが!死ね!あほ!とか叫びたかったが、旅でなまった身体で全力で走り抜けて、僕の喉からは血の味しかしない。

お姉さんは静かにトランシーバーで連絡をとった。

「ゲート、閉まっちゃったって。」










「Please…」
と僕は頼んだ。

あんなに気持ちを込めて言ったプリーズ始めて。自分史に残るPleaseがでました。自分でも「映画かよ」とか心の中で突っ込んでた。



が、人生1のプリーズも虚しく。僕はブエノスアイレス行きの飛行機を逃した。

つづく。