踊る髭の冒険

30歳を目前に仕事をやめて旅に出たナッカーサーが世界中放浪した果てにイギリスの大学院に留学するのかどうか、という毎日を綴るブログ。可能性迷子の毎日をお届けします。

モロッコ③サハラ砂漠

11月23日

サハラ砂漠でカウチサーフィンや!

とまりもがウキウキして連絡してきたのは何ヶ月か前のこと。モハ、という名前の青年はサハラのすぐそばの街に住んでいて、ラクダも何頭も持っているらしい。

日本にいる時からやたらテンション高めにwhatsupで連絡が来ていたらしく、「サハラでラクダ!」という浪漫フレーズに僕らはうきうきしっぱなしだった。

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モハの住む村はメルズーガという街の近く。夜行バスは明け方はやくにこの村を通る。運転手にそこで降ろしてくれと伝えておいて、早朝真っ暗な中でバスを降りた。

奥歯が震えるほど寒い朝なのにもかかわらず、カウチサーフィンのホストのモハはそこで待ってくれていた。
モロッコの伝統衣装に身を包んだモハは僕らにwelcomeと挨拶をすると真っ暗な町の方へ僕らを導いていった。

モハの家は家族が暮らしている家とゲスト用の家に分かれていた。どちらもすごく綺麗で土でできた家は暖かく、快適に過ごすことができた。

「とりあえず、バスで疲れてるだろうからしばらく休んでて。朝ごはんの時間になったら僕の家族と一緒に食事をしよう」

僕らはその言葉に甘えてしばらく休み、何時間かあとにモハの家族と一緒にご飯を食べた。

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モハの家族は大家族で兄弟姉妹、その娘も含めて8人くらいいるみたいだった。みんな言葉は通じないけど優しい。伝統的な家屋のリビングに、絨毯をしいてそこでみんなでご飯を食べる。お父さんはいつも寝そべってた。

ちなみに、モロッコは基本フランス語なんだけどサハラではスペイン語が少し通じる。一ヶ月のネルハでのスペイン語留学はそれなりに役にたった。違う国でスペイン語を話すのは始めてだったけどそこそこ通じて安心した。

ご飯を食べ終えるとモハが町と砂漠を案内してくれた。今晩は砂漠に一泊のツアーに行くことになっているけれど、そのまえに僕らはサハラの入り口を探検した。

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町は本当に砂漠のすぐそばにあって、街中から砂丘を望むことができる。
もうこれだけですげーよね。

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砂漠から水をずーっとひいてきて、作物の栽培につかってる「カナート」があった。教科書ではなんだか習ったような名前だけれど実際に見るのは始めて。

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デーツの木が並ぶ菜園では各家庭ごとに区画が決められていて、1日に1時間ほど、各区画にカナートから水が引かれるらしい。
デーツは中東や中央アジアでよく食べるけど、木を見るのは始めて。こんな木になるんだなー。

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菜園をぬけるとそこはもう砂漠。
青空に映える赤茶色の砂を踏みしめて僕らは歩く。

「ラクダはらくだ!」
と日本語のダジャレを叫びながら歩くモハに連れられて砂丘を登る。

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初めての砂漠の砂は想像よりも細かくて、斜面を歩くたびに崩れていき、なかなか登るのが難しい。

すぐに靴のなかが砂まみれになってしまうので僕らは素足になった。

細かい砂が足の指をぬけていく感覚は気持ちいい。
砂と空の色のコントラストがなんとも劇的で美しい。

砂丘の上から眺める町。こんなとこでも生きられるんだから人間ってすごいなー。


夕方からの砂漠ツアーは夕日を見て、星を眺めて、朝日を見て帰ってくるという一泊のツアー。モハの家には無料で泊めてもらえるけれど、砂漠ツアーは有料。

この地域ではカウチサーフィンで観光客を集めて、そこからの砂漠ツアーで現金収入を得ている人達が最近は多いみたいだ。

こんな辺鄙な場所だとなかなか現金収入を得る方法も限られているだろうから、カウチサーフィンは彼らの生活を変えたといっていいだろう。

このSNSで安定していいレビューを得ることができれば、それなりに継続して旅行客をツアーに呼び込むことができる。
これが現地の人々の家計に与える影響の大きさは想像に固くない。

夕方、僕らは街を出発した。
初めてのるラクダは思ってたより高くて揺れて、楽ではなかった。