踊る髭の冒険

30歳を目前に仕事をやめて旅に出たナッカーサーが世界中放浪した果てにイギリスの大学院に留学するのかどうか、という毎日を綴るブログ。可能性迷子の毎日をお届けします。

東チベット〜丹吧①〜水餃子に恋して

9月16日

 

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朝ごはんは僕の期待通りお粥だった。
が、しゃばしゃばすぎる。水気が多すぎる(´∀`; )!
あと、こっちでマントウ、というと「肉まんの中に肉が入っていないやつ」を指すようだ。肉まんはローバオと発音する。このマントウ、このまま食べるとにっちもさっちもなくらいパサパサして食べにくいのだけど、この日の朝ごはんでは蜂蜜がでて、これをつけると意外とイケる。
 
宿の屋上に登って、村をながめる。

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朝靄の中の中路の村もまたいい。
 

 

 

ソーラーパネルがどこの家庭にもあるのは、インドのラダック地方と同じだ。

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高地では日光が強いから、ソーラーは有効な発電なんだろう。
 
 
昨日の運転手がまた迎えに来てくれて、この日は朝のうちに丹吧の町に戻った。
ダンパには、康定で泊まったinternational youth hostelの支店があるのを見つけていたので、そこに一泊。フロントのお姉さんもやさしくて、何より英語が通じるのが有り難かった。そしてwifiがつながる!
 
このあたりで何か楽しめる物はないかな?と聞くと「宿をでてまっすぐ一時間半くらい歩くと、塔があるよ!」と教えてくれた。なんというザックリした説明( ^ω^ )すばらしい。
 

 

髭と杉田は明日ここから、北へ、「色達(セルタ)」という町に向かうことにしていた。お姉さんの話ではダンパからセルタに直接いくバスはないため、途中の「炉霞(二文字目の漢字が日本にない。Luhuo,ルーフォーと発音する。)」という町で降りて乗り合いバンでセルタに向かわないといけないことを知る。とりあえず僕らはさきにルーフォーへのチケットを買いに行くことにした。
 
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ちなみに僕らはここの宿で「四川MAP」という有名なSimさんとMakiさんの作った地図を手に入れた。東チベットに行く人は大体成都のsims hostelという宿で手に入れるみたいなんだけど(僕はそこに泊まらなかったので)、この地図は本当に役にたちました。お会いしたことはないけれど、SimさんMakiさん、ありがとうございます!
 

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 バステーションまでは宿から30分くらいあるいてチケットは難なく買えた。
 
 
 
 
 
近くに「水餃子」の看板を掲げている店をみつけて、水餃子たべたいっ!と店に飛び込む。
 
皿に山盛り盛られてきた水餃!!

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「うまっ!」

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ここの水餃子、絶品!四川料理の辛さと油っぽさに若干疲れていた僕らは感動した!
 
プニッとした皮、ジュワッと中から出てくる肉汁、味のバランス!
 
まさに中華の真髄ッ…!
 
 
 
 
 
日本で水餃子を食べるといつも量が物足りない、そんな悩みを抱えていたぼくのほのかな夢
 
「腹いっぱいになるまで『水餃子だけ』食べたい」がこの町で叶ったのでした…。
 
 
 
一生忘れない水餃子の味だと思ふ。
 
 
 
 
 
お腹いっぱい幸せいっぱいで、僕らはダンパの町を歩いた。
 
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歩行者天国みたいなところがあって、学校が終わった小学生たちがきゃっきゃしながら下校している。

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果物屋でザクロを買った。これがまたうまいのさ!
 
種を吐く袋を持っていなかった僕らは道端のゴミ箱の横でザクロを食べながら道行く人々を見ていた。
 
 
 
民族衣装を身に纏った女性たちが路傍で野菜をうっていて、楽しそうにお喋りしている。

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下校途中の子供たちはお母さんと手をつないでニコニコ歩いている。
 
たまに興味津々に僕らをみて、目が合うと恥ずかしそうにかけてゆく。
 
 
 
「いい町やなあ。」
 
 
 
僕らはそんな人々の日常にひたってそう思った。
 
ここ何日かずっと急いで移動してきたけれど、立ち止まれば人々のあったかい日常に触れることができるものだ。
 
 
 
「でも、子供たち同士が話してるのは中国語なんだよね。もうちょっと年のいった人たちが話すのはたぶんチベット語も混じってるぽいんだけど。」
 
 
 
学校ではもうチベット語を教えないのかもしれないな、と僕らは思った。
 
これも想像にすぎないけれど、子供達の教育で言語を押さえるというのはその民族を統治するのに効果的な方法だ。支配というのは武力だけでなく、文化的な部分を抑えることで行われる。
 
それは武力行使のように目には見えないし、時間もかかるが、時間がかかるゆえに、気づかないうちに、緩やかに、一つの文化をこの世界から「消す」ことができるのかも知れない。
 
 
 
どんなことが起こっても、人々はただ「日常」を生きていくしかない。変化していく状況に適応できなければ、生きてはいけないから。
 
 
 
人類学者のWade Davis 曰く、僕らが生まれたころには6000の言語が地球上で話されていたそうだが、いまやその半分が子どもの耳に入ることなく、毎日世界のどこかで「最後の言語」をはなす長老がその命を終えているらしい。
 
 ウェイド・デイヴィス‐絶滅の危機に瀕した文化
 via TEDICT - Learn English with TED (http://itunes.apple.com/app/id537961396)


 
「言語は精神の乗り物だ」
 
というこの人類学者の言葉を借りるなら、先祖から受け継がれてきた民族の精神性、その叡智は、言語が失われるとともに消えて無くなってしまうことになる。
 
 
 
チベット文化が色濃く残る中国のこの辺りも、おそらく共産党政府は観光政策として伝統住居を残したりはしているが、何世代かあと、チベット語を話す人がいなくなった時、そのときがチベット民族の滅びる時なのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
水餃子と、ザクロ、歩行者天国の人々のあたたかさすっかりダンパは僕らのなかで「いい町」になった。
 
 
 
 
 
人間って単純や。
 
でもやっぱ歩いて初めて見えるものがあるよね!
 
 
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僕らはさらにぶらぶら歩き、宿のお姉さんが言っていた「塔」にむかった。