踊る髭の冒険

30歳を目前に仕事をやめて旅に出たナッカーサーが世界中放浪した果てにイギリスの大学院に留学するのかどうか、という毎日を綴るブログ。可能性迷子の毎日をお届けします。

メータオ・クリニック③

4月29日

朝、7時に朝食を食べに行く阿部先生とDr.Greg,Dr.Kamalを見送った。

阿部先生はPU-AMIの職員の方と打ち合わせをしていた。
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お礼を言って分かれて、ビスケットと豆乳を朝ごはんにかきこむ。

ポリシーをもって行動する人が「変化」を起こしていくんだな、と僕は先生をみて思った。

小学校の担任の先生に「信念もっていきなあかん」と言われたけれどこれはまさにそれだ。

8時に着くようにメータオクリニックに向かう。


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少し早くついて、診療室が開くまで隣に座っていた人と話していた。彼はジョセフといって昔船乗りをしていたらしく、英語も上手く、日本にも仕事でいったことがあると言う。

「親父が目医者にかかってて、付き添いで来たんだよ」

彼はいま難民キャンプの中でも最大のメラ・キャンプでシニアスタッフとして働いている。

「昔ここで働いててな。人生、何が起こるかわからんなあ。難民キャンプや、病院で働くなんて考えたこともなかったんだが」

ぼくは、どうして船乗りを辞めてこっちに来たのかと聞いた。彼は笑って

「Long story」といった。

1人で来たのか、そうか歯医者なのか。
ここに来てくれて、ありがとうな。短い期間でも、本当にありがとう。

そんなことをジョセフは言ってくれた。


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診療時間は8時からだが、ぼちぼち始まるといった感じで患者さんが溢れかえってるという感じではなかった。

責任者のエカル、メディック(この病院で技術的なトレーニングを受けた人たち。ライセンスをもったDrではない)のトントン、モーチャン、が若い人たちに歯式を教えていたり、簡単な乳歯抜歯を教えていたりした。

あとで聞いたところでは、ミャンマー国内のシャン族の地域からこのメータオ・クリニックに15ヶ月のトレーニングコースを受けにきている子たちがいて、その子たちはトレーニングを終えたらシャン族の地域に帰り、医療スタッフとして働くそうだ。
つまりメータオ・クリニックはミャンマー国内でおそらく医療が普及していない地域への教育機関の役割も果たしているのだろう。


前述したけれどメータオ・クリニックのメディックたちはこれが仕事なのだ。僕が下手に動くと彼、彼女らの仕事をとってしまうことになるので、どういう立ち位置にいるべきか少し迷った。

最初はとりあえず様子をみて、スタッフの技術がどれくらいのものなのか知ってからヘルプに入るかたちで僕は行動した。

途中、残根の結構難しそうな抜歯がなかなか抜けず、そういうときは交代して抜歯した。

(内心、自分ももし抜けなかったらとハラハラしていた。)

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僕も治療をさせてもらったが(画像は患者さんのプライバシー保護の為加工しています。)1人どうしても浸潤麻酔が効かず。伝麻(顎が半分痺れる麻酔)をするリスクをとるのは、、、と思っていたら責任者のエカルがとりあえず投薬して帰ってもらってまた出直してもらおう、ノープロブレム、とはからってくれた一幕もあった。

「外科の基本は、完璧な浸麻ですよ」という勤務していた医院の院長の声が聞こえてくるようだった。もう6年目になるのに。汗だく。

その他はスムーズに治療も進み、充填したり、抜歯したり午後には1人で診療している時間もあった。結構みんな交代で何処かにいってしまったり、休憩しながらやっているので、休憩時間みたいなものはなく8時から16時までずっと診療室はあいている。

「他で治療をうけたらすごく高いんだ、ここがあって本当に助かるよ。ありがとう」英語を話せる患者さんがそんなことをいっていた。

問題はここの人たちが「病気」をどう捉えているかということだ、と僕は思う。

今日の感じでは「痛い→抜いて欲しい」「穴があいている→つめてほしい」「乳歯が揺れている→抜いてほしい」という主訴が殆どだった。

虫歯は細菌の感染症だという認識はまだまだ浅く、器質的、機能的に問題があるからそれを「病」と捉えているのだろう。

悩ましいのはこういう環境で、スタッフに「軟化象牙質(虫歯にやられてやらかくなった歯のこと)全部ちゃんと取りきらな!」とか、「歯肉炎ちゃんと掻爬したりや!」(ほとんどの場合は投薬のみだった)というようなことを言う意味があるかどうかというところだ。

今はいい。でも未来を見据えるなら、そういったことも伝えていったほうがいいのか?

この辺はもう少し掘り下げてこれから考えていかないといけないと思っている。
 

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昼飯食おうぜ、とエカルが誘ってくれて診療室の隣の部屋でご飯とスープとチキン、あときゅうりをご馳走になった。

「今日、奥さんの誕生日なんだよね」と嬉しそうにエカルがいう。

彼は35歳。なんか美味しいものとか食べに行くのかい?と聞くと微笑んで頷いていた。

エカルという名前は
Eh Ka Luと書くのだけど、色々話していて気付いたのだがミャンマーの人にはなんと名字、つまりfamily nameという概念がないのだ。
「EhはLove,Ka Luはnationalityという意味」もエカルはいう。

他にもNang son moo(綴り違うかも)という女の子は、蓮の花という意味だといっていた。

これ全部つなげて名前なので、エカルを、「エ!」とか「カル!」とか呼ぶことはない。分けない。

調べてみるとどうやら本当にそうみたいだ。

名字がないなんて考えたこともなかった。面白い!

ナンソンモーちゃんは優しい女の子でお昼にオレンジジュースをくれた。なんていうか、なんでもない優しさとか気遣いとかをすごくできる人たちだと思った。

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ミャンマーにいってみたい。
ふつふつとそう思うが、いい加減フィリピンに向かわないとイギリス留学できなくなる。ちゃっちゃとIeltsのスコアを出してミャンマー見にいこう。少なくともこの一月で、英語を話す力は格段に伸びた。

エカルは、名は体を表すというのか携帯でもよくミャンマーの内戦の動画とかを見ていて僕にも見せてくれたりしていた。
僕はエカルに「ミャンマーに帰りたい?」と聞いた。エカルは独特の低い声で話した。

「そうだな、ミャンマー民主化すれば帰りたい。でも、俺にはここの仕事があるからな。どこかにいけるとすれば、俺がいなくても皆がなんでもできるようになったときだな」

エカル、男前。
責任感があるって何物にも代え難いと僕は思うよ。


愛国心、というかアイデンティティは、25年以上の難民キャンプの中、もしくは民族によって様々だ。

難民キャンプの中では新しい世代も生まれていて、彼らは国籍を持たない無国籍者となる。国からのサービスなどは受けられないが、難民キャンプでは各国からの支援があるため、教育等もある程度受けられる。すると新しい世代は英語も使えるし、中には奨学金を得て勉強しタイで外交官になった子や、アメリカに移民してそこで育った子もいる。

「国」ってなにか、よくわからない。
だが僕には少なくとも、「大阪」とか「日本」の風景やなんやで、じいちゃんやばあちゃんと繋がっていると感じる何かがある。

難民キャンプで生まれた世代に、とってミャンマーは故郷なんだろうか。果たして。

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病院の患者さん(一部職員も?)向けにお昼ご飯が配給されていた。

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シンガポールの○○クラブの方々。
彼らが支援していること自体は素晴らしいのだけど、昼ごはんのあとにミロ(あのココアみたいなやつね)を配り歩きはるんです。それがもう診療中だろうがら御構い無しにばしばしおばちゃんたちが入ってきてらくばりまくる( ゚д゚)土足はあかんで。。しかもここ歯医者やで。ミロ。

「あんた日本から1人できたんかー!すごいなー!リスペクト!」みたいなことをいいはるのだが僕は内心「ガッデム!」だった。

押し付けるような「支援」。
それに支えられる人々。
観光地にいるかのような振る舞い。
与える側、と貰う側という歴然とした区別。自分たちと違うものをような見る目。

もうちょっと考えたほうがええんちゃうやろかと思ったが、もし僕が技術も何もなくてお金があったら、ミロ配っちゃうかもなあ、とも思う。

色んな支援のかたちがあって、みんな「いいこと」と思ってやってる。

僕はここで実際に暮らす人たちの気持ちとか思いとかが大切だと思うし、教えたりとか与えたりというか、むしろ学びたい。

もちろんそんなことを、シンガポールの方々も、メータオ・クリニックに多額の寄付をしている方々も思っているかもしれない。

人間が人間同士、実感を共有できることなんて、脳が違うだけでありえないのだから、「共感」というのはそもそも幻想みたいなものかもしれないが。

思いやり!
もう簡単にそんな言葉にまとめてしまうとね。想像力をもっていたいよね。

これをすると、この人はどう思うんだろうというね。

結局、すべては自己満足なのかもしれないけど、人間の純粋な優しさみたいなものは僕は信じたい。


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診療後(中?)の風景。

なんやかんやと、ミャンマー人の人たちと仲良くやってます。

難しいことはできへんでも、友だちでありたいと思います。